1. 導入:不安定なものから安定を生み出すことは可能か?

「安定したシステムを作るには、安定した要素が必要だ」というのは、直感的に理解しやすい発想です。
しかし、現実には、安定した要素だけを集めることはほぼ不可能です。

例えば、インターネットの通信は本質的に不安定 ですが、それでもTCPという仕組みを使うことで、信頼性の高いデータ転送が可能 になっています。
TCPがなぜ安定しているかといえば、データの誤り訂正(フィードバック)を仕組みとして組み込んでいるから です。

では、人間という「不安定な存在」が関わるプロジェクトや組織を、どのようにして安定させるのか?
その答えの一つが、「適切なフィードバックの仕組みを持つこと」です。
TCPの誤り訂正の考え方を参考にしながら、人間の働く組織やプロジェクトにおいて安定したシステムを作る方法を考えてみます。


2. TCPの誤り訂正に学ぶ – 不安定なネットワークでも信頼性を確保する仕組み

TCP(Transmission Control Protocol)は、不安定なネットワークを前提としながら、信頼性の高い通信を実現するプロトコル です。

TCPが安定する理由:

  1. 確認応答(ACK)を用いたデータの整合性チェック
    • 受信側が「データを正しく受け取った」と送信側に通知(ACK)を送ることで、通信が成功していることを確認。
  2. パケットロス(情報の抜け)を防ぐ再送制御
    • もしACKが返ってこなければ、送信側は「データが届いていない」と判断し、再送を行う。
  3. 流量制御と輻輳制御
    • 一度に送信しすぎないように調整し、ネットワークの負荷を抑えながら安定した通信を維持。

このように、TCPは「誤りが起こること」を前提にし、誤りを訂正する仕組みを持つことで、結果として安定性を確保している のです。


3. 人間もまた「不安定な存在」である

プロジェクトの現場でも、ミスや誤解、認識のズレは避けられないもの です。

  • 「あのタスク、ちゃんと伝わっていると思っていたのに、違うことをしていた…」
  • 「この仕様、言われた通りに作ったけど、実は求めていたものと違った…」
  • 「大事な情報が共有されていなくて、トラブルになった…」

こうした問題が発生するたびに、「なぜ間違ったのか?」ではなく、「なぜ誤りが訂正されなかったのか?」 を考えるべきです。

TCPの仕組みを応用すれば、「ミスをゼロにする」のではなく、「フィードバックを増やし、ミスを訂正しやすくする」 ことが重要だとわかります。


4. フィードバックが「誤り訂正」の鍵

TCPの誤り訂正が機能するのは、適切なフィードバックがリアルタイムに行われているから です。
プロジェクトでも、フィードバックの欠如は「パケットロス」と同じであり、致命的な問題を引き起こします。

TCPの考え方をプロジェクトに適用すると…

  • 確認応答(ACK)を可視化する → 進捗報告やレビューで、認識のズレがないか意図的にチェックする。
  • 誤りが発生してもすぐに修正できる仕組みを持つ → こまめなレビュー、定期的な振り返り、オープンなコミュニケーション文化を持つ。
  • 情報の抜け(パケットロス)を防ぐ仕組みを作る → 例えば、「聞いていない」「知らなかった」を防ぐための情報共有の習慣化。

5. WOL(Working Out Loud)を活用した「フィードバックの仕組み化」

私が預かるチームでは、Working Out Loud(WOL) という取り組みを実施しています。

これは、Slackの専用チャンネルで「今考えていること」「悩んでいること」「これからやろうとしていること」などを、独り言のように書き込みながら仕事を進めるスタイル です。

WOLによる効果

自然なフィードバックの増加

  • チームメンバーが「こんなことを考えている」とリアルタイムで共有することで、周囲の人がフィードバックを返しやすくなる
  • これにより、早い段階での誤り訂正(TCPでいう再送制御)が働く。

認識のズレを減らす

  • 例えば、「この仕様で進めます」と思っていたけれど、実は認識がズレていた…ということが防げる。
  • 日々のWOLで細かなやり取りが発生することで、方向性のズレを未然に防ぐことができる

成果物の品質向上

  • フィードバックの機会が増えることで、早い段階で質のブラッシュアップが行われ、結果として成果物の完成度が高まる

WOLを活用することで、プロジェクトの「パケットロス(情報の抜け落ち)」を防ぎ、フィードバックの質を向上させることができる のです。


6. まとめ:安定したシステムを作るために

  • 「不安定なもの(ネットワーク、人間)」から、安定したシステムを作るには、「誤り訂正」の考え方が不可欠。
  • TCPが誤り訂正で信頼性を担保するように、プロジェクトでも「フィードバック」を組み込むことで、安定した運営が可能になる。
  • ミスをゼロにするのではなく、「間違いを修正できる環境を整える」ことが重要。

適切なフィードバックループを持つことが、安定した組織・プロジェクトを作る鍵になる。
それは、TCPが不安定なネットワークの上で安定した通信を実現するのと、まったく同じ原理なのです。


💡 読者への問いかけ
あなたのチームでは、フィードバックの仕組みが機能していますか?
どんな工夫をすれば、もっと「誤り訂正の効くプロジェクト運営」ができるでしょうか?